| 日野宿本陣 | |||||
| 都内に残る唯一の本陣 日野市指定文化財 | |||||
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| ―日野宿本陣公開にあたり― | |||||
日野宿は、決して大きな宿場ではありませんが、多摩川の渡し場を管理するなど甲州道中の重要拠点でありました。そのため幕府の支配はゆるやかで、2人の名主と配下の組頭たちによる農民自治の伝統が長く続きました。 甲州道中に現存する本陣建物は、日野宿本陣を含めて小原宿本陣(神奈川県相模湖町)と下花咲宿本陣(山梨県大月市)の三箇所です。とりわけ、日野宿には大きな本陣と脇本陣が長屋門を構えて並び立っており、建物の規模や内容においてははるかにそれらを凌駕する威容を誇っていました。時代の推移を経て、今ではこの本陣建物だけが残されています。 日野宿本陣は、都内に現存する唯一の本陣であり、日野市内でも指折りの貴重な文化遺産です。末永く保存し活用することが、われわれ日野市民に課せられた責務です。日野市民が、新選組はもとより甲州道中や日野宿の歴史をじかに学ぶ場として、また「日野人」のアイデンティティー確立の場として活用したいところです。さらに日野市を訪れる人々にも、近世日野や多摩地域の歴史を学んでいただく場となるよう整備したいと思います。 皆様のさらなるご支援をお願い申し上げます。 日野市長 馬場弘融 |
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| 日野宿本陣について | |||||
| 日野宿本陣は、嘉永2年(1849)正月十八日の大火によって古くからの主屋は消失してしまいました。 現存する建物は、佐藤彦五郎俊正が10年に及ぶ歳月を費やして準備を進め文久3年(1863)4月に上棟し、翌元治元年(1864)12月から住み始めたものです。 日野宿本陣には、佐藤彦五郎が近藤周助に師事して開いた「佐藤道場」がありました。ここでは、後の新選組局長となる近藤勇や副長の土方歳三、沖田総司、井上源三郎たちが激しい稽古に励んだのです。 長屋門は、大正15年の大火で類燃し、現在はありません。 また、明治26年に54軒を焼いた日野大火によって有山家(佐藤彦五郎の四男彦吉の養子先)が消失したため、「上段の間」と続きの一間は有山家に移されています(有山家は非公開です)。 |
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